エンジョイ 隠岐の島 道探検サイト in 島根県  〜 隠岐旅 バイクツーリング 〜  本日は2017/8/18です 

あまりガイドブックにない場所を
訪ね歩く「道探検サイト」
かつての峠越え道路や断崖を削り開通した道などは
度重なる災害を乗り越えてきたが
トンネルの開通により交通としての役割を終え
あるいは放置された道がある
管理されなくなったことにより風化していく過程や
そこに見え隠れする文明の足跡的なものを
発見した時がおもしろい

島の地図にいろいろな道が掲載されているが
幹線道路以外はあまり観光されない
その道にもしかしたら、その人の興味がある
スポットが眠っているかもしれない
特にバイクは気ままに寄り道できるのがよい
事前に道の情報があれば
楽しい「島旅の走り方」になるだろう
エンジョイ バイクツーリング!

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 神社/仏閣/行在所
小さな祠や神社が現在、隠岐国には150以上あると
言われております。観光でよく行かれる場所を紹介しています。
 隠岐の島町
玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)
「延喜式神名帳」に載るこの神社は、水若酢神社とともに島後では由緒ある神社です。 隠岐国の総社で、惣社大明神ともよばれておりました。 本殿は、隠岐にある神社の最古のもので、造営は寛政5年(1793年)で、 屋根は、茅葺き、千木、堅魚木のうえに雀踊(すずめおどり)とよぶ横木がおかれ、 素朴ななかににも威厳のある建造物です。
隠岐国分寺跡(おきこくぶんじあと)
東寺真言宗の仏教寺院で聖武天皇の勅願によって建立された国分寺の1つです。 4月に隠岐国分寺蓮華会舞(れんげえまい)平安時代から伝承される古典芸能があります。 また南北朝時代に作成された歴史物語の「増鏡」には、 元弘2年/正慶元年(1332年)に後醍醐天皇が元弘の変に敗れ、 隠岐島に流された際に、「海岸から少し奥に入ったところにある国分寺を行在所とした」 という意味のことが書かれています。ここが隠岐国分寺であると言われています。
入山料 大人400円 お問合せ先 TEL.(08512)2-2934 隠岐国分寺
後醍醐天皇行在所跡(ございごてんのうございしょあと)
元弘の乱(げんこうのらん)で隠岐に流された後醍醐天皇の行在所(あんざいしょ)址があります。
水若酢神社(みずわかすじんじゃ)
延喜式神名帳に名神大社として記される古社で隠岐国一宮です。 水若酢命は隠岐国の国土開発と日本海鎮護の任務に当たられた神様と伝えられています。 隠岐独特の神社建築様式で、素朴ではあるが力強い形式をとる点に特徴があるといわれ「隠岐造」として 平成4年に玉若酢命神社本殿とともに重要文化財の指定を受けています。 隔年5月3日には隠岐の三大祭りのひとつ、水若酢神社大祭が行われます。
壇鏡神社(だんぎょうじんじゃ)
この滝は、屏風のような岸壁の中央にある壇鏡神社の両脇に高さ40mから流れ落ちています。 向かって右側が雄滝、左側が雌滝です。参道は、杉の大木が幾本もあり、 閑散とした落ち着きのある場所です。また、日本の滝百選」「全国名水百選」に選ばれています。
あごなし地蔵(あごなしじぞう)
古くから歯痛に効くと信仰されている地蔵です。 小野篁が村娘阿古那に与えたとの伝説がある2体の木像地蔵尊です。
 知夫村
一宮神社(いっくうじんじゃ)
正式には天佐志比古命神社で、島民からは「いっくうさん」と呼ばれています。
子供歌舞伎が伝承されており、本殿、拝殿の他に芝居小屋があり、
境内は物見のための石垣状の観覧席になっています。
後鳥羽上皇の腰掛の石もあります。

 西ノ島
黒木御所(くろきごしょ)
元弘2年、後醍醐天皇が配流になられ、約1年間住まわれたといわれる伝承の地です。 丘の上には御所の史跡の他、天皇をまつる黒木神社があります。 丘の登り口に黒木御所の資料を展示する碧風館があります。
由良比女神社(ゆらひめじんじゃ)
延喜式神名帳に記される古社で漁業神、海上守護神として島内の信仰を集めています。 鳥居が海中に立ち、その入江にイカの大群が押し寄せることで知られています。 昔神社の前の海岸には毎年12月から正月にかけてイカの大群が押し寄せました。 神社には祭神由良姫命とイカにまつわる伝承が残されています。
焼火神社(たくひじんじゃ)
後鳥羽上皇が海で遭難しかけたとき神火を放って船を導いたという説があり、 以来海上の守護神として崇敬されております。 現在でも旧正月中には「初参り」といい島人がこの神社にお参りする風習が続いてます。
 海士町
隠岐神社(おきじゅんじゃ)
社殿は隠岐造りという独特のもので、後鳥羽上皇を祭神として没後700年を記念して建てられました。 春は参道の桜並木が美しく見ごろを迎え4月14日に例祭が行われます。 周囲には行在所跡や後鳥羽院(御火葬塚)などがあります。
後鳥羽上皇行在所跡(ごだいごてんのうあんざいしょあと)
当時の海岸線は近くまで来ており、船を留めた松があったという。 後鳥羽上皇は1221年の承久の乱により隠岐に配流され、1239年当地で亡くなっています。 もとこの地は、源福寺という古刹であったが、 明治初年の全国一といってもよい廃仏毀釈により徹底的に破壊されています。
宇受賀命神社(うづかみことじんじゃ)
この地の守護神として祀られている、当神社独自の神である。
参道の左右は田んぼで独特の雰囲気を感じます。
金光寺(こんこうじ)
標高164mの台地上の屋まで、隠岐へ流された小野篁の史蹟がある伝説地です。 山頂には六社権現や展望遊戯広場があり、海士町の田園風景、西ノ島、 遠くは島後の都万地区あたりまで眺めることができる。
天川の水(清水寺(きよみずでら))
奈良時代、高僧行基が隠岐行脚でこの地を訪れた時に、木陰の洞窟から湧水に霊気を感じ、 ここに建物を建てて聖観世音菩薩をまつり、 清水寺と号し、この水を天川(天恵の水)と名付けたと伝えらています。 清水寺境内に湧き出ている「天川の水」は、環境庁選定「日本名水百選」に選ばれています。 日量400tもあり、信仰心の篤い地域住民によって守られながら、生活用水、農業用水として利用されています。
 地図